プラグマティズムから

2018/04/07
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チャールズ・サンダース・パースや 

ジョン・デューイの実用主義、あるいは道具主義、実際主義

と訳されている、いわゆるプラグマティズムは

日本の国民性を解くのにひじょうに有効な言説である。

 

 外来文化、指導者からの指示、圧迫、弾圧

なんでも取り入れ、それを自国の、

あるいはじぶんのマインドに適するように変形する、

これが、プラグマティズムの正体である。

 

 年末に、クリスマスという敬虔なクリスチャンの行事を、

わたしたちは勝手に

恋人たちの憩いの時間、恋を確かめ合うひとときにすり替えたり、

その日、家庭では、ホールのケーキを置いて

もみの木を華やかに飾り、

ケンタッキーをむさぼったり、と、

とにかく宗教色をねこそぎゼロにする。

また、その数日後に除夜の鐘をつく。仏教だ。

そして、その翌日は、神社にお参り。これは神道。

 そして、バレンタインデーにホワイトデー、

あげくは、さいきんでは「お菓子をくれないと

殺すぞ」みたいな儀式が日常化されている。

 

 

 こういうめちゃくちゃな民族を

ひとことで説明するのが、プラグマティズムであり、

それにたいする反論をみない。

 

 しかし、プラグマティズムという言説と、

われわれの、その「はちゃめちゃ」な文化とに

なにかしらの齟齬があるようにわたしは

おもっている。

 

 じゃ、その国民性を一言であらわせば

なにか、と言われれば、首をひねらざるをえない。

 

 荻上チキという若い論客がいるが、

かれが、ラジオで語っていたことは、

日本人を農耕民族とひとくくりで

語ることはおかしい、ということであった。

 

 たしかに、さまざまな性情をもって

ひとは生きているから、ひとくくり、というのには

もんだいもあろうが、しかし、「みんなといっしょ」という

考えかたの根本に農耕性が加担しているように

わたしにはおもう。

 

 もともと、議論はきらいだが、おしゃべり好き、

ひとの意見を聞きいれるのは苦手だが、

自然からのメッセージには素直に聞く耳をもつ。

はたまた、ブランド志向、

明治時代までは自我構造をもっておらず、

つまり、「じぶんらしく」では生きられず、

権力から与えられた、

あるいは時代の要請によって、生きてきたその生活様式こそ、

農耕民族そのものではないかと、

わたしはおもうのだ。

 

 内山節が、日本人は、生者と死者と自然とで

生きている、と語るが、それこそ「われわれは農耕民族だ」

ということの裏返しの物言いなのではないか。

 

 周りすべてを海に囲まれ、

生活のおおよそは米食文化で、

出る杭は打たれるので、なるべく、

まわりから目立たなく生き、

そして従順な臣民でいること、

それがわれわれの幸福論であった。

 

 だから、政府を倒そうという試みは、

ほとんど焼け石に水、なんなく消滅してゆく。

 

 加賀の一向一揆はひどく長い時間を

費やしたが、では加賀が独立国家となった歴史はない。

 

 一揆は起こるのだが、けっきょくは鎮圧される。

天下統一をはたした木下藤吉郎秀吉によって武器は没収、

あるいは、家康には、火薬もすべて廃棄処分させられ、

おまけに経済活動の活性化があやぶまれ、橋はつくらない、

馬車もつくらない、おかげで、

三百年間つづく江戸時代は、

三百年間でGNPが1パーセントしか

あがらなかったというしまつ。

 経済が活性化すると謀反がおきるかもしれないという

杞憂がそうさせた。

 世界一位をほこった火薬含有量のわが国も

そのすべてを捨てさせられ、

その廃棄した火薬は

瓦のなかに埋め込んだために

黒い瓦がいまだに日本海側の家々には

残っているはずである。

 越すに越されぬ大井川、橋がないからといって、

幕府に陳情したという話は聞かない。

 

 70年代には、学生たちが政府にたいし盾てつき、

全学連などにおける抗議デモなど、

とにかく景気よく暴れたけれども、

けっきょく、安田講堂に集まった学生たちは、

その中に立てこもりはしたものの、

その先の未来における計画性の希薄性のため、

講堂の中では、廃人のようになっていたのだ。

「このあとおれたちはどうすればいいんだ」

 

 あさま山荘に立てこもった五人も、

けっきょく、数百発の銃弾を権力にむけたが、

未来にたいする一条のひかりさえなく、

はたしておれたちはなんのために闘っているのか、

その考量も希釈されていたのではないだろうか。

 

 それは、ちょうどいまのオウトライト言説によく似ており、

否定性への強い志向がつよく渦を巻いていて、

とにかく、この政権、この政策を否定する。

全面否定し、じゃ、そのあとなにがあるのか、

それはわからない、という構図である。

 

 まるで、黙示録の構造と類比的で、

この世はおわるがこのあとになにがあるか

それは、わからない。

しかし、そのあとに神が現れるのだ。

ほんとかいってことである。

 

 わたしたちは、長い歴史のなかで、

「なにを言ってもどうせ」という考量だけが、

つまりは、由らしむべし知らしむべからず、

政治にはかかわらず、

言われたことをすなおに受け容れ、それに従ってきた

ということを培ってきたのではないだろうか。

 

 天草四郎だって西郷隆盛だって、

あとあとからかんがえれば、

国の被害はさしてなかったし、

そういう過去をずいぶん見てきたわけだ。

「なにをやってもどうせ」である。

 

 じつは、この「どうせ」という発語ほど

日本的なことはない。なぜなら、「どうせ」にあたる

英米語がないのである。「どうせ」という語の

裏側にある意味内容、それを含意、記号学的には

コノタシオンというが、「どうせ」のコノタシオンには、

上からの指示、命令にはなにをいっても無駄である、

あきらめよう、なんて意がある。

 だから、日本では、フランス革命みたいなことは

起きない。文句いわないんだから。

 

 けっきょく、われわれは、国民的文化資本として、

そういう従順さを骨肉化させ、

それが悪政であっても、

マキャベリズムの政権であっても、

「はい、はい、おっしゃるとおり」と生きてきたのだ。

 

 数年前の国連における

核兵器禁止条約の制定にたいする賛否が

問われたときに、日本はアメリカに追従して、

条約反対に一票を投じた。

 

 反対票は三十八か国、ゆいいつの被爆国たる

日本が反対を示した。

 

 そのときの理由が、東西の分裂を危惧して、

といったことだったが、そんな嘘は世界には通用しない。

 

 アメリカの核の傘のなかにおりまして、

えらいひとの前では、その方に従っております、

と、言ったほうがまだ正しかった。

 

 日本人の大多数は、じぶんで決められない国民である。

じぶんらしくを徹底的に排除してきた民族だ。

 

 しかし、いいではないか。それで。

農耕民族なんだから。言われたいだけ言われる。

やられたいだけやられる。

 それでも耐えて生きるのが農耕民族のプライドである。

 

 どんどん消費税をもっていってください。

どんなに赤字の店でも、やくざさんの頭ハネのように

もっていってください。

 そして、お友だちにはじゅうぶんやさしくしてくださいね、

いいんですよ、総理大臣なんだから。

 

 安保法制とか、道徳の教科化とか、どんどん変えてくださいよ。

政治家さんは、エライのだから、じぶんたちは、

モラルハザードをしてももんだいありません。

 

「佐川でーす お荷物ですよぉ 昭恵さん」

なんて川柳がうまれても、きにしないでくださいね。

 

 多大な資料の整理に時間がかかってもいいですよ。

だって、見つからなかったんですよね。さいしょは。

多大な資料のくせに。

 

 大臣に報告しなかった?  わけないでしょ。

元の防衛大臣は「怒りを禁じ得ません」とか言っていたけど、

怒りを受け止めるのがあなたなんですよっていう事の順逆を

まったく理解しなかったけれど、それでいいんです。

だって、権力をお持ちだから。(馬鹿だとはおもうけれど)

 

 わたしたちは、農耕民族なんです。

すきに上のほうでなさってください。

 

 

 そのかわりといっちゃなんですが、

個人情報だとか、セクハラだとか、いちいちうるさいんだよ。

 

 すこしはおおめに見ろよ、と言いたくなるのだ。