好きなこと嫌いなこと

2018/04/17
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 個別的なはなしになるけれども、

ささやかな幸福論というものがある。

 

 物干し竿に洗濯物をかける。

あんがい重量感があるのは、とうぜん、

湿っているからであるが、

いざ取り込むときには、

すこぶる軽くなっている。

太陽のにおいもふくんでいるかのようだ。

そして、どことなく温かな、やわらかな感触。

 しあわせじゃないか。

 

 布団を干してもらった日の

夜にふかふかのそれに飛び込むように

潜るこんだ子どもの記憶がよみがえるようである。

 

 

 あるいは、小銭入れにたくさんの

小銭があるときなども、なんとなく

得をした気になる。ま、これは錯覚にほかならないのだが。

 

 そのぎゃくに、嫌悪するものも多々ある。

 

 愛想笑いをしたひとが真顔にもどってゆく

そのタイムラグを見ているときなど、

なんか、にんげんのさもしさを感じてしまう。

 

 カップ麺など、召し上がる前に入れろ、

とある、銀色の袋の薬味を、パタパタ振ってから

麺に入れる人をみかける。

なんでかよくわからないが、

あれも、さもしくあさましい気がする。

 端っこに、スープの粉が残るのがいやだから、

パタパタ振るのだろうが、なぜか嫌なものを

見た気になる。嫌なものは嫌なのである。

 

 

 パンツを履くときに、膝のあたりまで

パンツをずりあげるとき、男でも女でも、

かならず、いっしゅんO脚になる、あのいでたちが

好きになれない。股をひろげることにより、

下着が構造的に履きやすくなるのだろうが、

嫌なものは嫌なのである。

 

 なら、見なければいいじゃないかと

言われるし、御意だとおもうが、

なんか見てしまうのだ。

 

 

 幼い子が道端でころぶ。

と、母親の心配そうな声が背中のほうから聞こえる。

と、じわじわっと、これもタイムラグで

子どもが泣きだす。でも、目は泣いていないのだ。

 

 あそこに、幼いながらの

ちゃんとした計算があるのだろう。

 

 母親は、かならずじぶんを大切におもっているはずだ、

ここで泣いた方が、母親の愛情がすべてじぶんに

一気に向けられるはずである、と、そんな

ずる賢い算段、打算がはたらくのではないか。

 

 痛いなら、すぐ泣け。

 

 昨日、ツィッターで、

ある大学の学生団体(じっさいはどんな団体か知らない)

がフォローしてくれて、かつ、メッセージに

「もしよろしければDMでお話ししたいのでフォローしてくれ」

とあったので、フォローしたら、

すぐに、返事が返ってきた。

 

「私は、〇〇大学の学生団体✖✖の

池田遥香(仮名)と申します。

 この度は5月13日に行われる

イベントの開催にあたり、ぜひ、

ToTo様にスポンサーになっていただきたく、

ご連絡いたしました・・・」

 

 そして、このあとも、メッセージは

エンエンつづけられた。広告を載せるから、

資金援助か食料援助をしてくれという内容である。

 

 しかし、うちは「ToTo様」ではない。

おそらく、長い文面をこさえてあり、

その店名だけを入れ替えて、店という店に

配信しているのだろう。

 

 その長いメッセージとおんなじ

メッセージで、わが店の屋号の入った、

おんなじ文章が、その後に送られてきたので

そうおもったのだ。

 

 わたしは、あまりいい気がしなかった。

しかし、けんもほろろに断るのも

かわいそうだし、ひょっとすると

うちのお客様かもしれない。

 

 だから、わたしは、

「ToTo様という関係ない話もこちらに来ています。

こういうお話は、点心屋台の岸さんが

うってつけだとおもいます。いかがですか」

と、岸さんにすべてをなすりつけて

返事した。

 

と、池田さんからすぐに返事が来る。

 

「誤ってToTo様当てのものも

送ってしまいました。

ToTo様にも別に送っております。

申し訳ありません。

点心屋台にも連絡を取っている最中です。

〇〇大生が多くいらしている

お店にご協力をいただければと思っています」

とあった。

 

池田さんは〇〇大生の学生さんである。

「〇〇大生が多くいらしている」という

言い方はおかしい。また、

店にものを頼むときは、

「貴店には、〇〇大生がお世話になっており、

ぜひとも、貴店のご援助を」と、

嘘でもいいから、他店との差別化をあいさつして。

おべっかを使うほうが、店としては

心安く協力できるというものである。

 なんだい、どこにもそうやって

お願いしているんじゃないか、と、

やはり、すこしイラッとする気になるものである。

 だから、わたしは、また、

すぐにツィッターのメッセージに返事をした。

 

「池田様

真剣さはよく伝わりますし、健気に頑張る気持ちも

伝わります。が、手あたり次第というのが

全面に見えてしまったのはマイナスです。

また、『多くいらしています』は敬語のあやまりです。

金銭的援助を求めるときは、

そういう基礎的なプラットフォームをしっかり

させないと、大人は『うん』とは言えないものです。

まずは、岸さんを落としてください。」

 

 すると、

「かしこまりました。至らぬ点が多くて

申し訳ありません。貴重なお時間をいただき、

ありがとうございました」

と、丁寧なあいさつをいただいた。

 この慇懃な物言いには、おそらく、

「うざっ、もう頼みませんよ」

といいう含みがこめられているのかもしれない。

なぜなら、わたしがこの直後に

「ご成功をお祈ります」と返事をしたのに、

一ミリも返事をよこしてこなかったからだ。