沼津行

2018/07/25
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 ホシノさんが亡くなってから、

ホシノさんの住んでいたマンションの管理人さんの

ノダさんと釣りに行っている。

 

 ホシノさんがいれば三人で行動していたが、

いまじゃ、二人きりである。

 

 目的地の沼津港にも、むかしは、

名人マツムラさんとか、スズキ社長とか、

集まると十人ちかくが横に並んで竿を出したものだが、

いまじゃ、ヤマダさんとコヤマさんの二人しか集まらない。

亡くなったのはホシノさんだけだが、

みんな転勤したり、引越ししたりで

さびしいかぎりである。

 

 そして、3.11いらい、黒鯛もすっかりすくなくなったのか、

さっぱり釣れないのだ。東日本大震災を知らずに他界した

ホシノさんだが、もし生きていたら、かれならどうやって

狙ったのか、聞きたくなる。

 

 釣り仲間というものは、ふしぎなもので、

ほとんどプライベートを語らない。

 

 ノダさんは、このメンバーの長老だが、

とにかく、よくしゃべる。例外だ。

 

 それも、じぶんの家の事情やじぶんの昔話ばかり。

だから、釣りのメンバーも、ノダさんが、

三回離婚した話や、息子さんが二人いて、

離婚した三人の奥さんはみなご健在であり、

そして、いまでも、彼女らしき人物が佐渡にいる、

ということなど、ことごとく知っている。

 

 佐渡からわざわざ、こきたないノダさんの

アパートにやってくるなんて、

よほどかれに魅力があるのか、そのへんはわたしには

とんと理解がつかないが、平成佐渡情話である。

 

 

 釣り場からひきあげるとき、

それはいつも夜中になるのだが、

「あれ、青年を見ちゃいましたよ。すぐ消えたけど」

 

「きみ、霊感あるのかい」

と、ノダさんが訊くから、

「いや、それほどでもないけれども、

たまに、見るんですよ。見なくていいものを」

 

「そーか、じつはうちの母も霊感が強くてな。

で、二人目の女房も霊感があってよ。

うちの母は、台所にぜったい他人を入れなかったんだけどな、

二人目には、気があったのか、台所に入れるんだよ」

と、エンエンうちの母と二人目の妻の話をし始め、

何分か後にかれは語った。

「そういえば、霊感の話からずれちゃったけどよ」

 

 自覚はあるらしい。

 

「おれは、鍋にはうるせぇよ」と言ったとき、

「ノダさん、鍋じゃなくてもうるさいよ」

と、挨拶してやったら、

本気で怒っていたこともある。

 

 わたしどもが、沼津まで車で出向くと、

空いていても二時間半くらいかかるが、

そこで待っていてくれるのが、

ヤマダさんとコヤマさんである。

 

 ヤマダさんは、すこぶる器用で、

じぶんで電気ウキを作ってしまう。

 

 わたしどもが行くたびに、その電気ウキを

惜しげもなくくれるのである。

 

 だから、わたしの釣り道具の箱には、

ヤマダウキと命名した手作りウキでいっぱいである。

レヴィ・ストロースがいたら現代版ブリコルールとでも

呼んだに違いない。

 

 しかし、ヤマダさんのご家族が何人で、

はたして奥さんがいるのかどうか、わたしたちは

知らない。娘さんがいるという話は聞くが、

いっしょに暮らしているのか、あるいは、

その娘さんにお子さんがいるのか、

つまり、ヤマダさんに孫がいるのかどうか、

それも知らない。

 

 わかっているのは、コインランドリーを経営していることと、

器用なことだけである。

 

 死んだホシノさんも、じぶんが教師であることを

いっさい言わなかったから、かれの葬式に行くまで、

ヤマダさんも、そのほかの沼津の太公望たちは、

それを知らずにびっくりしたそうである。

 

 コヤマさんに関しては、

高齢者施設で働いていることくらいで、

奥さんがいるのか、お子さんがいるのか、

お孫さんがいるのか、さっぱりわからない。

 

ただ、それが病気なのか、

事故なのか、両足の指がないそうである。

それは、みずから語っていることだから、

ほんとうなのだろう。

 しかし、かれは、ものの見事にすいすいと

テトラポットの上を移動する。

 

 地元の利なのか、運動神経がすこぶるいいのか、

よくわからないが、わたしよりも何歳も年配であるのに。

 

 

 この四人で、沼津港でこのあいだも夕方から夜中まで、

チャレンジしたのだが、四人ともボウズであった。

 

 魚がいないわけではない、とおもうのだが、

なにゆえか釣れないのである。

 

 ノダさんは、ホシノさんの呪縛だとかいうが、

そうかもしれない。

 

 そして「つまらねぇよ。飽きちゃったよ」と

いつも、駄々っ子のようなことを言い出すのはノダさんである。

 

 ヤマダさんやコヤマさんやわたしは、釣れなくても、

ただ、だまってヤマダウキの沈むのを

じっと待っているのだが。

 

十二時、てっぺんちかくになったので、「撤収」ということで

釣り場を海水できれいに洗い流し、わたしたちは

車にもどった。

 

「つぎはいつにしますか」と、

ノダさんは、コヤマさんの携帯を覗く。

 

 コヤマさんのガラ系の待ちうけ画面には、

幼い少女の写真が貼ってある。

 

「お孫さんですか」とノダさんが訊く。

 

「ん。これ、死んだ子。12歳から歳とんないんだよ」

 

「・・」

 

 わたしたちは、言葉を失った。

あのノダさんでさえ。