街は鏡だ

2018/09/05
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 わたしの高校時代はアイビールックだった。

猫も杓子も、三つボタンジャケットにボタンダウンのシャツ、

キャメルのコットンパンツ、そしてコインローハー。

それに、マディソンスクウェアガーデンの

紺色のバッグをもっているのが

「ぼくたちの証明」だった。

 

 もちろん、わたしの通っていた高校には制服がなく、

私服だったから、ほとんどの生徒は、

そんななりをしていたのだ。

 

 しかし、わたしは、そのころから

流行にうとく、「みんなといっしょ」という

生活ができずにいた。

 ようするに、トクヴィーリズムのアンチテーゼな

高校生だったのだ。

 

 ただ、わたしは、当時の吉田拓郎みたいに

「ぼくの髪が肩までのびて」のように髪をのばし、

そして、外履きの運動靴を上履きにし、

昼過ぎから、学校をサボり、

ほぼ毎日、蒲田まで出かけて麻雀という、

だめなやつとしてはちゃんと仲間入りをはたしていたけれども。

 

 

 あのころは、街に高校生があふれていた。

まだ、攻玉社高校がバカの集団であったり、

東京高校が土手校といわれ、底辺をさらっていたりした

時代である

 

 不思議なことに、高校を卒業するころから、

街に高校生がとんと少なくなっていった。

 

 浪人時代はやけに浪人生がめだった。

代々木ゼミナールは、「代々木銭トール」とか

言われ、看板講師が多く世に出てきたころである。

 

 

よくよくおもえば、ひとの認識なんてものは

こんなふうに、じつにあいまいであることに気づく。

 

見たいものしか見ないからだ。

いや、その言い方はただしくない。

見たいものではなく、見るものしか見えない、

というほうが真理だろう。

 

 

 カントというひとは、この認識のあいまい性について

ことごとく先人を否定する。

たとえば、ベーコンというひとが

実験を繰り返し、それにより世界をみつめてきたが、

その実験、経験も、じぶんに見えるものしか確かめていないといい、

デカルトの合理論も、けっきょく、

じぶんの認識の外には踏み出していないというわけだ。

 そのためには、人格的に高めて、

客観性を磨き上げる理想的な人物が必要であると、

カントはそう説いている。いわゆるカントの理想論である。

 

 

 テレビが壊れたから、はじめて電気屋さんの

チラシでテレビの広告を見る。テレビのチラシなど

毎週のように張り出されていたはずなのだが、

必要なければ、それは見えないのだ。

 

 じぶんが高校生のときには、高校生しか見ておらず、

浪人生になると、浪人生ばかりに目がゆくのと

おんなじことが、エンエン世界では繰り広げられている。

 

 そういえば、まだ子どもが小さいころ、

ベビーカーを押していると、やけに、

ベビーカーの家族が多いことに驚くのだ。

 

 つまり、じぶんの立場と同等のものが、

じぶんの目に映りこんでくるということなのだろう。

 

 ひとは、そんなふうに、じぶんが見えるものの世界の中に、

生きているわけだから、おんなじ街なのに、

ひとによって、まったく違った空間に写っているにちがいない。

 

 警官には、犯罪者のあふれる街に、

小学生には、こどもたちが走り回る街に、

浮浪者には、浮浪者の街に。

 

 換言すれば、ようするに、街は等身大の鏡である。

 

 わたしは、すべてのひとがカントのいうように、

理想的な人物になろうと提言しているわけではない。

むしろ、ひとなんてそんなもんだ、ともうしあげたい。

むつかしいことは、哲学者に任せておいて、

わたしどもは、劣化した政治のなかに

うずもれて、なんにも知らずに生きていけばいいのだ。

 

 123便が御巣鷹山に墜落した、ほんとうの原因もしらず、

イラクで奥参事官が銃撃された犯人もわからず、

初代、貴乃花の父親がだれであるかもよくしらず、

福島第一原発の現状も、あるいは、

どれだけわれわれが被爆しているかも、認知せず、

そうやって生きてゆくのである。

 

 

いまからおもえば、わたしの高校時代は、いまよりも「夢」や

この国はもっとよくなるという「希望」があった

ようにおもっていたが、それは幻想だったのだろうか。

 わからない。

 

 

 

 しかし、そういえば、さいきん、

街にやけに老人が増えたことに気付く。

 

あれ、これってひょっとすると。