昭和のかおり

2018/09/12
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 企業面接などは、五秒くらいで

決まってしまうらしい。

 

 ドアを叩いて椅子にすわる、その段階で

採用するか否かが決定するというのだ。

 

 ある人事部のひとから聞いたと

どなたかのエッセイかなにかで読んだことがある。

 

 たしかに、ひとにはオーラがあって、

このひとなら、まわりとうまくゆくかもしれない、

そう、いっしゅんで、にじみ出るなにかを

察知できる能力をにんげんは

生得的にもっているのだとおもう。

とくに人事部に長くいれば、

それが骨肉化されているのだろう。

 

 まわりとうまくゆく、というのは、

互恵的であるということだ。

じぶんにも「恵み」があり、他者にも「恵み」を

もたらす。

 

 いまのひとは、じぶんさえよければいい、

という考量で凝り固まってはいないだろうか。

 

 アリストテレスが言ったように、

仲間以外も仲間とおもわなければ、

大規模定住社会は担保できないのである。

 

 そういうトクヴィリズムの権化みたいな

人材を企業は探しているのだろう。

 

 プレコフーズという大田区にある

食肉業者の大手は、この界隈では有名である。

しょっちゅう街中をその会社の軽自動車が

行き来している。

ただ、すべての値がすこぶる高いので、

わたしどもは、地元のくせに敬遠している。

 

 と、そんなところに、プレコフーズの営業の

タチカワ(仮名)というひとが来た。いわゆる商談である。

愛想のいい好青年だ。

それに、丁寧で、低姿勢で好感がもてた、が、

帰り際、店のドアをばたって開けたまま、

出て行ったのだ。

 

 タチカワさんが、見積もりをもって

また店に現れたとき、わたしはふだん、

そんなことをもうしあげないのだが、

かれのためとおもい、話した。

 

「あのね、あなたは、たぶん人受けがいいから、

これからも仕事をしっかりと取ってくるとおもうけど、

店を出るとき、こちらを向いて、一礼してみな、

もっと仕事取れるよ」

 

「あ、ほんとですか。気をつけます」

 

かれは、それからうちに来るたびに、

こちらを振り向き、頭をさげるようになった。

 

 そして、まもなく、かれは出世して

営業から本社付きになったという。

 

 はたして、わたしのアドバイスの

せいなのかはわからないけれども。

 

 

 先日の話である。

店の前で、ずいぶん年配の小柄な方が、

店の看板を見上げているのだ。

 

 白のワイシャツに肩からかばんを提げ、

ここに入ろうとしている。

 

 わたしは、不振におもった。

このような老人に用はないはずだからだ。

 

 

「ごめんください」

 

背中もびんとしているが、いかにも

年寄りという歩き方である。

 

「はい」

 

「わたし、アキヤマ商事のハセガワともうします」

と、名刺をさしだした。

 

 そういえば、まだ醤油の代金をアキヤマ商事に

払っていなかったのだが、まさか、こんな方が。

 

 背丈は一メートル六十前後、

細い目で、はたして前が見えているのかどうか、

歯並びはじつにきれいだが、じぶんの歯なのか、

入れ歯かわからない。大きな耳の片方に

イヤホンがつけられ、

黒いイヤホンコードがワイシャツの胸ポケットに

しまわれている。

 

「醤油の代金をいただきにまいりました」

 

「あ、はい」

 

「わたしは、このへんで昔、商売をしておりまして、

大森のほうです。あのへんは、戦争中、焼夷弾が

落ちまして、たいへんでした」

 

きゅうに戦争の話がはじまった。

焼夷弾という聞きなれない語彙まで出てきた。

 

「あの、失礼ですが、何年生まれで?

わたしは、すこし大きな声でゆっくりたずねた。

 

「わたしですか、昭和三年です、いま八十九歳になりました」

 

 わたしは、驚かずにはいられなかった。

八十九歳になっても、まだ、集金に歩いている。

腰ひとつ曲がらず、話し方もしっかりしている。

 

「いや~、お元気ですね。アキヤマさんところで

長く?

 

「はい、十三年になります」

 

アキヤマ商事はたしか、狛江のほうが本社だから、

ここまで、来るには、バスか電車を乗り継がなければ

ならないはずだ。

 

 わたしは、昭和三年生まれのハセガワさんに

代金を支払ってから、しばらく世間話をした。

 

 世間話といっても、

ハセガワさんが、じぶんの波乱万丈を話しただけで、

わたしが、口を挟もうとしても、耳が悪いせいか、

ほとんど一方的な話だった。

 

 そのあいだじゅうハセガワさんは、

昭和の歴史館に展示されている模型のような

雰囲気だった。

 

 「ありがとうございました」と、

戦争体験者は、お金をていねいに数え、

外にでたところで、こちらをゆっくりと振り向き、

ふかぶかとじつにゆっくりした動作で

一礼して帰られた。

 

 わたしも、そのしぐさにあわせ

しずかに頭を下げたのである。