最後の言葉

2018/09/13
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 この話の登場人物はすべて仮名である。

 

ひととの出会いとか、別れとか、

いつ、出会い、いつ別れるか、それは運命、

あるいは「お導き」というしかない。

 

 あ、あのときのあの言葉が

あのひととの最後の言葉だったのだ、

と、事後的にわかることもあれば、

おそらくもう二度と会わないだろうあいつの

あの言葉だけは忘れない、ということもあろう。

 

 渋谷のハチ公前にすわっていたら、

何十年ぶりに女学校の友人にばったり会ったので、

「あら、ひさしぶり」って声かけたら、

「なに言ってんの、きょうあんたと会う約束でしょ」

と、言われ、わたし呆けたのでしょうか、

なんていう投書を

ラジオで聞いたことがあったが、

それは、やはりただのボケというしかない。

 

 以前、ブログで書いたのだが、

わたしがまだ小学校四年生のころ、

下校途中の坂道を登っていたとき、

うしろから、六年生のサカグチさんが

わたしのほうにむかって唄いだした。

「肥満児ぃのあなた♪」と。

 

 その坂をのぼっていたのは、わたしと

サカグチさんふたりだけだから、まちがいなく

わたしに向けての替え歌である。

 

 当時、「3時のあなた」というテレビ番組があり、

そのテーマソングを替えて唄ったのだ。

 

 たしかに、そのころ、わたしは担任から

「肥満児のためのカロリー計算」とかいう

冊子を、朝のホームルームでもらっていたので、

「肥満児のあなた」はまちがいではない。

 しかし、朝のホームルームで、はい、

お前とお前って、わたしとサワノ君だけに渡すなんて、

なんてひどい仕打ちだと、そのときおもった。

だって、みんな見に来るじゃないか、え、なに、なにって。

 

 その冊子が「肥満児のためのカロリー計算」。

 

 お前は肥満児だと、衆人環視のなか宣告されたのだ。

これ、今の時代ならセクハラ、

あるいは名誉毀損じゃないかとおもうが。

 

ところで、サワノ君もわたしも、いまは、

そんなものいらないくらい、むしろ病人じゃないのくらい

痩せてしまっている。

 

 

 高校時代に、野球部にノザキという男がいて、

三年生の秋ごろだったとおもう、

「お前、太ったな。化け物みたいだな」と言われた。

 

 ということは、わたしは小学四年生のころから、

順調に太り続け、挙句は「化け物」と言われるまでに

増殖していったことになる。

 

 ノザキとはそれきり会っていないから、

かれの、わたしへの最後の言葉は、「化け物」である。

 

 ヒデオという男とは、小学校から中学まで、

いっしょだった。たぶんわたしのほうが

頭がよかったとおもう。どうでもよいことだが、

かれがどこの高校に進んだとか、大学はどことか、

まったくしらない。

 成人してからは、兄の工務店を手伝っていたことは

しっている。

 そのヒデオだが、中学三年生のときに、

わたしがなにかの冗談、きっと上質な冗談だとおもうが、

それを言ったとき、ヒデオは、「ふん」って笑って、

「バカじゃねぇの」と言った。

 

 わたしは、そのとき、なんかほんとうに

侮蔑されたようないやな気がしたが、

やはり、それきりかれとは会っていない。

 

 だから、ヒデオとの最後の言葉は

「バカじゃねぇの」である。

 

 ミカちゃんという教え子は、

「サイナリー」だった。

 

たぶん、もう会わないだろうから、彼女の言葉は

「サイナリー」である。なんだ、「サイナリー」って。

 

 しかし、また、ノザキにしろ、ミカちゃんにしろ、

どこかでばったり会うかもしれないから、

これが最後とは限らないのだけれども。

 

 この間、サカグチさんに会うと

そうケイジロウが言ったので、わたしはケイジロウくんに

あの坂道のこと覚えているかどうか、それだけ聞いてくれてと、

たのんだ。

 

 後日、ケイジロウくんに聞いた。

 

「サカグチさん、覚えていた?

 

と、ケイジロウくんはぼそりと言った。

 

「とてもそんなこと聞ける体型じゃなかったよ」

 

 サカグチさんとは、いずれ、会う機会が

あるやもしれないから、そのときは、直接、

じぶんで訊いてみようとおもう。

 

が、ヒデオの「バカじゃねぇの」は

本当に最後の言葉になってしまった。

 

ケイジロウの話だとヒデオは最近死んだそうだ。