インターネットは

2018/12/09
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 フランスは、パリ、エッフェル塔を中心に

半径50キロ以内に文化が集中している。

 

 

図書館、博物館、美術館、すべてが

このエリア内である。

 

 その外側は、葡萄畑やオリーブといった

農業国となる。

 

 だから、どこに生まれ育ったかによって、

文化レベルに大きな差がでる。

 

 ピエール・ブリュデューというひとは、

その文化レベルの差を「文化資本」と呼んで、

いわゆる、階級差の指標をしめした。

 

 趣味、知識、身のこなし方、話し方、歩き方、

すべてが文化資本に還元される。

 

 聞くところによると、フランスのはずれだと、

年収200万円くらいの家庭があるらしい。

 

 その家庭の必需品が車である。

 

 が、マクロンさんが、そのガソリンを

値上げようとしたものだから、

エッフェル塔よりはるか遠い農民が怒ったのだ。

死活問題だからである。

 

 で、あるひとりがネットにその苦痛をアップしたら、

70名くらいが、それに反応した。

 

 が、そのうちのひとりが、Facebook

その不条理をあげたところ、けっきょく数十万人に

飛び火し、それがパリの大暴動につながったのである。

 

 インターネットのおそろしさというのだろうか、

顔のない、形而上的な空間でものすごい力が

うごきだすのである。

 

 われわれも経験することだが、

ネットで買い物したり、検索したりすると、

それに関する情報が、おすすめのカタチで

画面にあふれる。

 

 

 たしかに、わたしも背広を購入したところ、

楽天から、背広がずらりと並んだことがあった。

 

 

 こういう現象を「フィルターバブル」とよぶ。

 

 

 そのひとの嗜好にあわせて

勝手に、ひとのパソコン画面に土足で

入りこんでくるわけだ。

 

 

 しかし、その「おすすめ」などを

クリックすると、また、それに関するものが、

あふれるように提示される。

 

 

 インターネットに釘付けになっていると、

つまりは、じぶんとおんなじ考えをもったひと、

あるいは、モノなどにじぶんのパソコンが

凌駕されてしまう。

 

 

 しらず、しらずのうちに、ひとは、

じぶんと同調する人やモノにあふれ、

それ以外のひとは、すっかりいなくなっているような

錯覚に陥るという。

 

 

 これを、エコーチェンバーとよんでいる。

エコーチェンバー、いわゆる「共鳴室」である。

 

 じぶんの声が共鳴するごとく、おんなじ意見や

考量がこだまするのだ。この中に入りこむと、

じぶんの主張を後押しする声が充満し、

みずからの言説が、正しいとおもいこんでしまうわけだ。

 

 

 ガソリンを値上げするとはけしからん。

エコーチェンバーの部屋の中のひとが

けっきょく数十万人に膨れ上がった。

 

 

 日本でも、さいきん、弁護士の懲戒請求で大問題になった。

きっかけは、弁護士会が出した朝鮮学校への

補助金交付をめぐる声明に、

あるひとつのブログが、弁護士資格のはく奪などを求める

懲戒請求を行うことを読者に呼びかけ、

およそ1000人が応じたのである。

 

 このへんの事情は、NHKのクローズアップ現代の

ブログにくわしいのだが、2017年、弁護士への

懲戒請求は、例年の40倍、13万件だったという。

 

 

 クローズアップ現代のブログでは

こう説明する。

 

ブログでは、弁護士たちの行為は

「外国の勢力と通じて武力を行使させる

『外患誘致罪』にあたり、死刑に相当する」

と主張していました。

懲戒請求書のひな型を作ってブログに掲載。

ダウンロードさせたり、郵送したりして、

読者に届けました。

呼びかけに応じたおよそ1,000人が

署名・なつ印して送り返し、

ブログを経由して全国各地の

弁護士会に大量に送りつけられたのです。

 

 

 

 その市民というのが、一般の家庭の主婦や

医師、サラリーマンだったという。

 

 

 これも、まさしく、エコーチェンバーのなかに

無自覚にはいりこんでしまった結果だといえよう。

 

 

NHKのそのブログには、こういう

くだりもあった。

 

懲戒請求したタクシードライバー(50代)

 「はっきり言えば、そこまで深く考えていない。

そんな弁護士さんたちが怒ると思ってなかったし」

 

男性は、もともと朝鮮学校への補助金について

関心はありませんでした。

在日コリアンの友人や同僚もいて、

親しくつきあってきたといいます。

男性がブログに出会ったのは6年前。

勤めていた会社を退職、

ギャンブルでも負けが込み、

多額の借金を抱えて生活に苦しんでいました。

 

「抱えている借金が借金なので、

回しきれなくなっちゃって。

最終的には自己破産というかたちで、

あとは低空飛行だよな。

そんな中でいろいろ検索してるときに、

何がきっかけかは分からないけど、

たまたまあのサイトにつながった。」

 

 

 たしかに、ギャンブルで破産したのは、

じぶんのせいではあるが、じぶんのせいであることは、

見てみぬふりができる。この見て見ぬふりの

心理状態を、認知的斉合性というのだが、

おそらく、このドライバーは、

なぜ、じぶんが不幸になったのか、

それは、じぶんのせいではない、

そうおもいこんだのではないだろうか。

 

 

 そして、その苦痛を受け容れられないじぶんがいる。

 

そうすると、なにか、べつの強い力に頼ろうとするのである。

 

これを、エーリヒ・フロムというひとが、

「権威主義的パーソナリティ」という

キーワードで説明している。

 

 

 エーリヒ・フロムは、この精神的図式で、

ワイマール憲法下で、なぜナチズムが

起きたかを事細かに説明しているのだが、

どうも、このドライバーにも、

あるいは、フランスの暴動をおこした人々にも

当てはまるのではないだろうか。

 

 

 けっきょく、不幸になったのは、

じぶんのせいであり、自己責任だとおもうことが、

もっとも平和的だということなのかもしれない。

 

 

 ただし、「自己責任」という語彙は、

けっして他者に使ってはいけない。

 

 みずからを律するときにだけ使うべきである。

 

 自己責任という語を、他者への叱責につかった

さいしょの当事者は、あるブログによると、

小池百合子らしいが、自己責任という語を

他者にむけて言わないことも自己責任の一部である

ということを自覚しないといけないだろう。

 

 

 大妻女子の、校訓が「恥を知れ」だが、

それも、みずからを律する校訓であり、

他者にむかっていうものではないというのと

類比的である。

 

 

 さて、フランスも、ガソリンの値上げを

半年ずらしたらしいし、弁護士の懲戒請求も、

ぎゃくに弁護士側から、名誉棄損で訴えられ、

30数万円を支払った市民もいるという。

 

 

 インターネットは、その法整備が整わないうちに、

普及してしまったために、さまざまな障害が起きている。

 

 インターネットが、民主制をほろぼすと

唱えたキャス・サンスティーンの言説が

現実味を帯びてきたということなのだろう。