現象学的な話

2018/12/26
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「人間は間違ったときのみ個性的です」

と、語るのは内田樹である。

 

 にんげんは、まちがいをおかす生き物で、

CGではけっして演出できない「すぐれもの」である。

 

コンピュータグラフィックやパソコンの

欠点は、まちがいをおかさないことである。

 

だから、CGの映画をみても、

それに没頭したり、感情移入したり、

なかなかできないのだ。

 

すっかり計算つくされて、にんげんより

はるかに精巧にできている。

でき過ぎているといってもよい。

 

ハリウッド映画の「ゴジラ」は、

あれは「ゴジラ」としては完璧である。

CGだからだ。が、われわれは、むしろ、

円谷映画の「ゴジラ」のほうを好むのは、

あの「ゴジラ」の動きに、どこか

失敗があるからなのだ。

 

円谷映画の「ゴジラ」はしょせんにんげんが

なかに入っているから、どこかしら動きが

にんげんなのである。

 

それは、「ゴジラ」としては未完成なのだが、

間違ったときのみ個性的であるという

内田先生のお言葉を借りれば、

そこに「ゴジラ」の個性があらわれる

いっしゅんがある。

わたしたちは、その個性を感じながら、

ちゃんと「ゴジラ」という生き物を

補完しながら、映像を楽しんでいる。

 

 これを映像における含意、

コノタシオンと呼ぼう。

 

CGゴジラには、そのコノタシオンがない。

われわれの入り込む余地がない、換言すれば、

なにひとつ想像しなくてよく、

映像の裏側をみる必要はないのだ。

 

 

 郵便局に今朝でかけて、いつもの

「セキモト」(仮名)さんにお金を

預けたのだが、「セキモト」さんは、

いつもほほえんでいてくれて、好ましい。

 

 口元にすこし力をいれて、

笑い顔をつくっていらっしゃる。

 

 だから、いつもわたしは「セキモト」さんの

窓口に行くのだが、しかし、その表情は

「セキモト」さんではない。

 

 作り上げられた顔だからである。

ほんとうの「セキモト」さんを知るなら、

彼女が、失敗するか、

まちがいをおかすときか、

そのときの表情を見るしかない。

 

 だから、わたしは、表面的な

「セキモト」さんにだけ

接していることになる。

 

 べつにそれでいいのだけれど。

 

 

 電車のベルが鳴る。

と、むこうから駆けてくるくるひと

と、乗車する寸前、ドアがしまる。

 

 あれは、車掌さんが、

潜在的に楽しんでいるんじゃないかと、

勘ぐるときもあるが、

あのドアの閉まってしまった

しゅんかんの顔、

あれが、そのひとの本性なのである。

 

 人間は間違ったときのみに

個性的であるからだ。

 

 

 運動会の徒競走で転んだ子。

転んだあとのあの表情こそ、

その子の個性なのである。

 

アナウンサーが

口ごもったり、噛んでしまったりするとき、

そのほうが、

視聴者としては楽しいものである。

 

 試合に負けたときの表情、

金がなくて支払いに困窮するときの顔、

簡単な漢字がおもいつかないとき、

こういうときの、

わたしはどんな顔をしているのだろうか、

じぶんというものを知るなら、

こういうときが、

もっともじぶんらしいはずだ。

 

 

 ま、じぶんなんて知らなくても

生きていけるので、そんなこと

考えなくてもいいのかもしれない。

 

 

 フッサールというひとは、

こういう「わたし」を

流動性のなかにとらえている。

 

 不自然なときに「わたし」が現れる。

それも「流れ」のなかにおいてである。

 

 転んだあとも、電車に乗れなかったときも、

すべて「流れ」のなかである。

 

 

 敷衍しておもえば、外国に旅立ったとき、

じぶんが「日本人」であることを、

どこかで感じているのだ。

 

 

不自然な環境のなかにみずからが

現象しているからにちがいない。

 

 

 

 

 フッサールは、こういうものの見方を、

「現象学」となづけた。

 

 

 しかし、

この話は「現象学」の入り口であって

曲学阿世の徒たるわたしには、

それいじょうむつかしいことはお預けだ。

 

 

心脳問題、いわゆるクオリア問題といって、

心の哲学がいまさかんである。

 

その延長線上に、

AIとにんげん、という課題が残るのだが、

石黒浩というひとは、

AIがもうすぐ心を持つだろうと語る。

 

 どうせなら、心を持つのもいいけれど、

コンピュータがたまに計算間違いするような、

もっとも、未来的な機械が現れないだろうか。

 

 

 それこそ、AIが個性的になるじゃないか。